今年の春は早くにやって参りましたね。地元紙、新潟日報さんの3月15日付けの『さよならキャンパス』でも紹介されていましたように残念ながら、澁谷義彦先生は定年退職をされます。長きに渡り、私たちを慈しんで下さった澁谷先生は学生時代は、どんな学生さんだっだのでしょう?どうぞご覧下さい。

1 学生時代はどんな学生さんでしたか。

出身は宮城です。現在はイギリス文学を研究していますが、小学校から大学まで理系の科目が好きでした。田舎で自然に囲まれて育ったせいか、特に「生物」が今でも好きです。小学生の頃、近所の湿地帯で食虫植物を見つけてこれに夢中になりました。植物が虫を捕食するなんて大発見だったのです。中学の夏休み研究はセミやカタツムリについてでした。カタツムリが雌雄同体であることを百科事典で知ったときの驚きは今でも忘れていません。高校生の時は蛾の採集をしました。クラス担任(物理の先生)や同級生に変人扱いされましたが、蛾の羽根の神秘的な模様は蝶のそれとは比べ物にならないほど魅了的でした。夜に街灯に群がる蛾を虫取り網で捕獲しました。実はこれには後日談があります。ある日、クラス担任がわたしを呼んで、彼の息子も蛾に興味を持ち出したことを告げました。それからは、わたしを変人と思っていなかったようです。
スポーツは中学から大学まで剣道部に所属していました。田舎の中学校の運動部には、柔道部、剣道部、軟式テニス部、女子バレーボール部ぐらいしかなかったのです。高校と大学の夏休みはクラブの合宿稽古があったので、充実していました。
英語は中学から習いました。メディアに英語があふれている現在とは異なり、中学生のわたしにとってこの新しい言語はとても新鮮に感じられました。中学一年を担当した女性教師の発音が美しかったことが刺激になったように思います。当時は教科書を何度も読み、ノートに何度も書くことが宿題でした。英語教師を38年やっていますが、これが学習の基本だなと思います。中学二年の時、町の英語スピーチコンテストに出るように言われ、男性英語教師の特訓を受けました。わたしは校庭の端から泉ヶ岳に向かって大きな声で暗記した英語を喋る。10メートル離れたところから先生は、「シブヤ、声が小さい」と叫ぶんです。いい時代だったなと思います。おかげで、コンテストではいつも優勝でした。

2 県短時代の思い出深いエピソード

一学年の人数が少なかったせいなのか、県短時代の学生の顔は何年たっても覚えています。活発な学生たちに誘われて、1982年ごろだったと思いますが、尾瀬沼と燧ケ岳登山に参加しました。杉山先生と村上先生も一緒でした。たしか、長蔵小屋で一泊したと思います。木道が続く美しい尾瀬の風景と山頂の爽快感は忘れられません。
授業では学生と一緒にシェイクスピアの原作を読みました。約50行の分担箇所を順番に読んで訳してもらいました。シェイクスピアの戯曲は近世英語の詩で書かれていたわけですから、当時の県短生の英語のレベルの高さには驚きです。当時使用したわたしのテキストの余白には、訳を割り当てた学生の名前が書き留めてあり、それを見ると学生の顔と教室の様子が一瞬浮かんできます。毎回90分の授業で150行以上の詩文を読みました。わたしの方の準備も大変でした。

3 近況

わたしは今春で新潟県立大学を定年退職します。ついにこの時が来たかという心境です。現在、研究室の後片付け中です。段ボールに書類と本を詰めながら、思い出の本を見つけては座り込んでページをめくってしまうので、仕事が一向にはかどりません。ゴミ屋敷と呼ばれる近所迷惑な家があるらしいのですが、その住人が「ゴミも資源で財産だ」と言ったのを聞いて同情しました。物を捨てられない性分がわたしの中にもあるようで、クッキーの缶やプリンの容器なども中身を食べた後には、何に使えるかと考えてしまいます。結局、使わずにたまってしまう場合が多いのですが。とにかく、残り2週間で研究室を明け渡さねばならないので、手に取ってときめきを感じないものは捨てる努力をしています。退職後のことは4月になったらゆっくり考えることにします。

4 これからの抱負

非常勤としてしばらく英語を教えますが、自由な時間もできると思うので、やはり演劇のことをもう少し勉強したいと思っています。第一次大戦で犠牲になった戦争詩人Wilfred Owenの詩の研究も途中でやめていたので、気になっています。そういえば、南山大学(?)に編入しようとした学生が面接時に短大のことを聞かれ、暗記していたオーエンの詩を披露し一発で合格したということがありました。それを聞いたときはわたしも感激しました。

5 シュリンプクラブ会員に向けてのメッセージ

わたしは県短時代に学生から多くのことを学びました。何かを教えるためにはその何倍も知っておく必要がありました。お蔭様で無事に定年を迎えることができました。みなさんも様々な人生を歩んでおられると思います。これからも「シュリンプクラブホームページ」を通して旧交を温めることができるといいですね。

澁谷先生、ありがとうございました。シュリンプクラブホームページの宣伝もして頂きありがとうございます。広報事務局16回生渡部が入学した年に、澁谷先生は新任として着任されました。渡部の同級生と共に新任だった澁谷先生がご定年なら、うちらも年取るわけだよね。と言い合っております。澁谷先生のシェークスピアの講義は学生だった私達も予習が大変でした。おまけに発音も習っていた英語と違ったので舌がもつれる感じでした(冷や汗)。授業中に「軽い風邪のひきはじめは味噌ラーメンを食べると風邪が吹き飛ぶぞ」と教えて頂いて以来、寒気がしたら、広報事務局渡部は野菜たっぷりの味噌ラーメンを食べております。

きらりシュリンプ人に関しましてのご意見、ご要望、ご感想、この方のインタビューを聞きたい、ご紹介したいというのがございましたら、シュリンプクラブ広報事務局kentanshrimp@gmail.comまでお寄せ下さい。また突然のインタビューを依頼するかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します。

さて、来月以降のご寄稿をご快諾頂いた方々のご紹介でございます。
4月 37回生 増田(旧姓 鈴木)瑞穂さん
5月 36回生 徳井(旧姓 五十嵐)智美さん
6月 35回生 野原(旧姓 村田)知子さん
村上丘先生
7月 38回生 松井佑香里さん
8月 37回生 土沼麻衣さん
9月 37回生 中村佳美さん
10月 35回生 池乗由佳里さん
11月 41回生 水藻佑花さん
12月 太田貴子さん
1月 39回生 梨本千春(芸名 梨沢千晴さん)
2月 平野絹枝先生

では、また来月24日にお会い致しましょう。シュリンプクラブ広報事務局 16回生 渡部敦子